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「生き方」(稲盛和夫著)を読んで

感想文:河合孝一郎

 「ノウブレス・オブリージ」という。覚えておいていい言葉だ。貴族には貴族としての義務がある、といった誇りから出た言葉であった。現在では一つの身分にともなう責務、といった意味にも使用される。
 何年か前に亡くなった俳優のマーロン・ブランドーはその唯一無二の今まで誰も見たことのないメソッド演技で演劇を単なる娯楽から真剣に打ち込むべきもの、そして芸術まで引き上げた。世界中の俳優たちが目標にし、真似をし、後に続いた。しかし最後の20年はもの凄い肥満になり酒と金と女で無駄に過ごした。自らに高い理想と厳しい基準を課せていたあの努力の天才は、出演料だけにこだわる単なる俳優になって死んだ。 
 「自利利他」という言葉の意味を私はこの年まで、この会社で学ぶまで真剣に考えたことはなかった。そしてこの本の著者に出会うまでは。
 ここにもう一人の「唯一無二」がいる。この本の中で、利潤追求はけっして悪ではない。ただしその方法は絶対に人の道からはずれてはいけない、なおかつ相手にも自分にも利のあるようにするのが本当の商いである、と語る。
 しかも、毎日就寝前にその動機に私心が混じっていないか、世間からよく見られたいだけではないのか、すなわち「動機善なりか私心なかりしか」、ということを何度も何度も自分の胸に問いただす、という。毎晩、毎晩これだけの大物が。この謙虚さこそ唯一無二といわれる所以、これこそが稲盛和夫である。
 稲盛氏はこの本で正直に「これだけきれいごとをよく言えるものだ。なにか裏があるに違いない」、と人に思われることも多いと告白している。
 私は稲盛氏が、あるTVスペシャルに出演するというので、どのような姿でどのような表情で何を語ってくれるのか、何日も前から注目していた。
 放送を見ている間、私は一つの言葉が頭にうかんだ。それこそ稲盛氏にはあってブランドーにはなかったもの。それが「ノウブレス・オブリージ」。稲盛氏は私利私欲でJALを引き受けたわけではなかった。完全に自分の役割、責任、能力を理解し、思いはただ一つ、世の為になればそれでよいと本気で思っているだけだった。
 それにしても日本はいつまで稲盛氏に頼るのか。

2012.8.1


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