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社員ブログ

久留米の春、間近 ♪

2016年03月16日

今回は学生時代同じ下宿で4年間を過ごした友人が、横浜の新居を離れ久留米に単身赴任をすることから、お話を始めて参ります。

まずは、久留米を簡単に紹介させていただきます。
久留米といえば、何をイメージされますか?
松田聖子、チェッカーズ、田中麗奈・・・(やや古い?)
最近では、吉田羊ですか。
そちら方面の知識はあまりないですが、そーです。芸能の宝庫なのです。


それよりも小職的に最も興味があるのは、なんといっても九州のラーメンのメッカがここ久留米だということです。
長浜ラーメン、熊本ラーメン、鹿児島ラーメン等は、全て久留米ラーメンのスープが根底に脈々と流れているのです。もちろん麺、スープに地域性が反映されそれぞれ特色のあるものに仕上がっています。食する人が、好みで選んで全く差し支えないと思います。すみません、少し熱くなってしまいましたが、ラーメンの話はまた次回ということで・・・。

筑後川の恩恵により農業が栄え、古くから商業の町として栄えてきた久留米ですが、経済界で著名な方と言えばやはり石橋正二郎氏ではないでしょうか。
車の好きな方はよくご存知と思いますが、タイヤのシェアで世界一の企業ブリヂストンははずせませんね。

実は、上述の彼も関連会社の社員ということで、この度ご栄転(笑)の栄誉を得たわけであります。
創業者の石橋正二郎氏が家業のアサヒ足袋から独立する際、ゴム製品で世界を相手に渡り歩こうと洋風の名前、ストンブリッヂでは語呂が悪いからとブリヂストンになったというのは既にご承知の通りであります。

なぜ、ゴム製品が必要だったのか? 産業として隆盛を極めたのか?
明治から大正にかけて草履に足袋がまだまだ主流という時期に、足袋にゴム底を貼り付けた形態にしたのが、まさに石橋正二郎氏の偉業であります。
人力車の数では九州一で、医者、芸奴の数も圧倒的だったようですが、当然時代背景や環境も後押ししたのは間違いないでしょう。
三井三池炭鉱が全盛で炭鉱の作業員が便利な履物として取り入れていったこと、牛車や人力車もゴムを使用することで喜ばれたこと等、追い風に乗ってBSの売上は右肩上がりとなっていきます。


天気に恵まれ、久しぶりに学友との散歩を楽しみました。
久留米城跡の鳥居にもBSの文字がしっかり確認できます。


最後の梅が季節を演出してくれています。


いつも暗い写真が多いですが、今回は久留米城跡界隈の割りと秀作が揃っています(笑)ので、大好きな戦国時代の筑後地方の歴史とともに、次の機会に紹介させてください。


( 福岡営業所:小野 )


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