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秀吉が出兵の居城とした名島城をご紹介します。

2013年10月26日

名島城は福岡市の東部(現東区)、小高い丘の上に名島城は水軍の拠点として、三本の矢で知られる毛利元就の三男、小早川隆景により築城されました。


現在は公園として利用されており、当時の面影はほとんど残っておりません。というのは、築城が1580年頃(厳密には改築ではありますが)、当時九州最後の難敵である島津家を落とし、九州を平定した秀吉は向かうところ敵なしといった時代背景があります。


その後、1592年に秀吉はこの名島城より出兵の指揮をとります(文禄の役)。海の向こうへ野心を集中させた秀吉は、博多湾からこの海をどんな気持ちで眺めていたのでしょうか。


しかし、1598年に秀吉が死去すると、時代が徐々に動いていきます。1600年の関ヶ原の戦いで戦績を収めた隆景の継子秀秋は増石され備前へ国換え、豊前国中津(現大分県中津市)から移城された黒田長政がこの名島城を引き継ぎます。
しかし立地上、城下町の規模が限界とみた藩主黒田長政は、1601年に福岡城(現中央区)の建設に着手します。その福岡城築城の際に、この名島城の木材や石材がそのまま使われることになり、約20年間という短い期間の歴史上の役割が終焉を迎えます。


ちなみに来年のNHK大河ドラマは、黒田長政の親父さんの「黒田官兵衛」です。
まさにこの時代を生きた人物が主人公となっていますので、個人的には大変楽しみにしています。歴史は、時代が変わっていく瞬間が特に興味深いものです。


それから併設の名島神社。
自宅からも近いので、また伺おうと思います。


参考URL: 名島城

( 福岡営業所:小野 )


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